平成17年度

苦難を乗り越えサバイバル北山台スギ 京都府京都市 村山昌巳さん

●田んぼの転作に北山台スギを

 京都の北山高雄(たかお)地域で生産される北山スギは、北山丸太、磨(みがき)丸太と呼ばれ、床柱とこばしらなどの建築用材として江戸時代から珍重されてきた。
 硬くて強くて長持ちし、磨くと光沢がでるのが特徴である。
 だが、寒さの厳しい京都の北部地域で育てるには、最低30年はかかる。それにもかかわらず、多くの北山スギ生産者がいたのは、林業をするしかない山深く険しい地域であったことと、北山スギが高い値段で売れたからだろう。
 ところが、40年余り前のこと――。
 燃料革命、外材輸入、価値観の変化で、時代はガラリと変わった。
「木造建築、なかでも数寄屋造りの建築が減り、高価な北山スギは売れなくなってしまった」と、江戸時代からの山を受け継ぐ、村山昌巳(むらやままさみ)さんは言う。
 さらに追い打ちをかけたのが当時の米余り。親 から山80ha、そして田んぼ60haを受け継いだ村山さんは、田んぼも転作しなければならなくなったのだ。
「そこでしかたなく、田んぼの栄養満点の土で、庭木の北

高さ8mになる樹齢300年以上の台スギ

山台スギを育てようかと思ったわけです」と村山さん。
 転作作物として認められる中に、緑化木があったのだ。

●三百年以上の台スギが山にある

 北山台スギは、下部に台のような形がある幹から、3本から5本の立ち木がまっすぐに伸びた姿が特徴の樹木。元々は、同じ株から効率よく丸太材をとる生産法から生まれたものである。
台スギの仕立ての歴史は古く、室町時代の応永年間(1394~1428年)と伝えられている。
 

田んぼで台スギを育てる村山林業