平成18年度
自然の恵みメープルサップと「哲学」で育む、都市と村の共生 山形県最上郡金山町杉沢暮らし考房 栗田和則(くりたかずのり)さん

奥さんのキエ子さんの手による藍染めの商品
●林業人としてのチャレンジ
「16歳で農林業に就いた私がいつも抱えていた課題は、ここでどう暮らしていくか、だったんです」和則さんは、1944年、栗田五郎左衛門家の九代目として生まれた。代々農林業に従事していた栗田家の長男であった和則さんは、さほど迷うことなく、家を継いだ。
太平洋戦争で右足を失った父に代わり、一家を支える和則さんの責任は重大だった。
栗田家には、2~3haの水田と約50haの山林があった。当初は、まず一人前の米作り農家になろうと稲作を学んだ。
しかし、間もなく米の生産調整が始まり、減反政策によって、稲作主体の農業からの転換を余儀なくされた。
20歳で父に代わって、金山町林業研究会に入り、林業人としての基礎を学んでいった。
そして、80年代に入ると、人工林率も70%に達したこともあり、拡大造林にピリオドを打つ。かわって広葉樹の伐採跡にタラノキを植えていった。スギ山の下草刈りをしながらタラノキを残し、スギとの混交林を育てていったのである。翌年には、ビニールハウスでタラノメを育てる試作にチャレンジ。
86年には、タラノメ栽培の研究会を作り、あらゆる試行錯誤を繰り返し、出荷を始めて3~4年で「タラノメをもっとも早く、もっとも遅くまで出荷する産地」という評価を得るまでになったのだ。
●暮らしそのものを見つめて
現在、「暮らし考房」では、メープルサップの採取体験を
メープルサップを採取するための
ポリタンク、穴をあけるドリルとホース
その代表が、栗田さんの妻キエ子さんによる本藍染めや杉染め、さらには、農林業に就いて6年目の長男和昭(かずあき)さんによるチェンソーアートなど、栗田家の家族によるものが中心だ。
また、13戸しかない杉沢集落も元気いっぱいである。
「哲学を学ぶ村」というキャッチフレーズを掲げ、哲学者の内山節(うちやまたかし)氏を招いた「山里フォーラム」を開催。現在では、「内山節の山里哲学精舎」と名を変え、これまで12回開催されている。
「どれだけお金を稼げるかを競っている限り、山村はいつも遅れた社会になるんです。お金ではなく、暮らしそのものに視点を当てたら、山村の暮らしは決して貧しくはない。だから、『豊かな暮らしを問い、創造し、伝えていく活動』をしようと思い、『暮らし考房』を作ったのです」
それが93年のことだった。それから15年、栗田さんの夢は一つずつ実を結び始めている。
平成17年度の『森業・山業創出支援総合対策事業 優良ビジネスプラン』に、栗田さんの「メープルの里づくり」は選出された。プランの中でもっとも評価された点は、「メープルフェスタの開催により、都市住民との交流・山村活性化」というコンセプトだった。
「何といっても嬉しいのは、『杉沢が好きだ』と言ってくれる若者が増えてきたことなんです。これからも忙しい日々が続きますよ」
そう言って、栗田さんは顔をほころばせた。


